応援団数珠つなぎ

作家・翻訳家 松本侑子さん

作家・翻訳家 松本侑子さん

 奈良興福寺の仏頭。仏さまの頭なので、小さなものと思って参りましたら、高さは1メートル。会場に入るなり、その偉大さに、はっと胸をうたれました。
 しずかな神秘の微笑で、煩悩と俗塵の浮き世からきた私たちを、やさしく迎えて下さいます。
 鋳造は685年、大化の改新(645年)のころ。1300年前に、仏像をつくり、祈った人々の心を思いました。
 すぐ近くには、同じ白鳳時代に鋳造された東京・深大寺の釈迦如来像も。そのお顔は、仏頭にそっくりで、興福寺の仏頭も、もとはこのようなお姿でいらしたのだろうと思い浮かべることができました。よく工夫された構成です。
 仏頭の守護神、十二神将(The Twelve Heavenly Generals)は、鎌倉時代の力強く、躍動感ある木造彫刻。白鳳時代の静、鎌倉時代の動、その対比も鮮やかでした。

日本画家 奥村美佳さん

日本画家 奥村美佳さん

 かなたを見つめるような優しい眼差し、深い慈愛に満ちた表情。見つめれば、ゆったりとした奈良の風景が心に浮かび、安らかな気持ちになります。古代からの贈り物に感謝せずにはいられません。

作相田みつを美術館館長 相田一人さん

作相田みつを美術館館長 相田一人さん

 書家・詩人として知られる父相田みつをは、アトリエに常に何枚かの仏像の写真を飾っておりました。ある意味で、父は仏像と対話しながら、あるいはじっと見守られながら筆を執っていたのです。父が好んだ仏像はたくさんあって、写真も時折掛け替えられました。
 しかし、常にアトリエにあったのが興福寺の仏頭です。父は、仏頭に寄せて「こんな顔で」という一編の詩を残しています。その一節に、

 この顔はかなしみに堪えた顔である
 くるしみに堪えた顔である
 人の世の様々な批判にじっと耐えた顔である
 そしてひとことも弁解をしない顔である
 なんにも言いわけをしない顔である

とあります。父の眼にはそう映っていたのでしょう。

 一番大事なものに
 一番大事ないのちをかけてゆく
 そういうキゼンとした顔である

とも書いています。
 「仏像の顔は、人間の理想の顔だ」とよく父は言っておりました。そういう時父は、興福寺の仏頭をイメージしていたに違いないと私は考えています。

作家・エッセイスト 青木奈緒さん

作家・エッセイスト 青木奈緒さん

 上野の森で白鳳期の薬師如来の「仏頭」と向きあって、しずかなときを過ごした。この仏像が立像であれば、5メートルほどの大きさになるという。在りし日のお姿を仰ぎ見てみたいという思いもあるが、もしそうだったら、これほどお顔近く拝することはできないはず。遠路はるばる東京へのお越しも叶わなかったかもしれない。
 これまではかり知れない多くの人々の願いや憂いを聞き届けてくださった仏像が、長い時空を超えて、今、私たちの心の拠り所となってくださる。ただひたすらに有り難い。
 心の中にあたたかな感情がさざ波のように広がった。

画家 絹谷幸二さん

画家 絹谷幸二さん

 興福寺、猿沢池・池畔に生を受けた私は、少年時代より興福寺境内が遊び場でした。阿修羅像はじめ幾多の国宝彫刻のお姿を拝見する度に、子供心ながらに、その完全さ、優美さに強く心打たれていました。
 なかでも仏頭はたおやかで、しかも凛々しいお顔をされており、もし東大寺大仏が火災にあわれていなければ、もしやこのお顔の様な方ではなかったかと、まだ小学生であった私は想像していました。その理由は、焼け残った台座の蓮華の豊穣な花弁にお乗りの仏のお顔は、もともと江戸時代のお姿ではなかったためで、この仏頭のような双眼澄める慈悲に満ちた方であったにちがいあるまいと、心密かに思っていたものでした。

評論家 山田五郎さん

評論家 山田五郎さん

はじめて仰ぎ見た仏頭さまの後頭部は、想像以上に破損していて痛ましかった。
晴れやかな笑顔が傷ひとつなく残った奇蹟に、改めて感謝せずにはいられない。
そこに込められた白鳳人の祈りは、それほどまでに強力だった。
だが、それは彼らが災害や疫病に対して非力だったからにほかならない。

はじめて仰ぎ見た十二神将の後ろ姿は、予想外に優美で艶めかしかった。
天を突く怒髪の上に鎮座する動物たちのユルさにも、癒されずにはいられない。
そこに込められた鎌倉人の鬼神観は、それほどまでに大らかだった。
だが、それは彼らが鬼や獣も人と同じ命を持つと信じていたからにちがいない。

興福寺仏頭展は、仏像がただの彫刻ではないことと、
私たち平成人が文明と引き替えに失ったものの大きさを、改めて教えてくれる。


『ぶらぶら美術・博物館』
毎週金曜日 20時00分~20時54分 BS日テレにて放送中。

歌手 平山みきさん

歌手 平山みきさん

私は仏像彫刻教室に通う位
仏像が好きなんです。

今回 まとまって寺外に出たのが初めての
奈良の興福寺の仏像達を
上野 東京藝術大学大学美術館で
拝見できるなんてラッキー

1411年に火災で胴体が焼失した
「白鳳の貴公子」の仏頭が360度から見られる
興福寺とは違う展示も感動的でした。

沢山の子供達が見て もっと仏像に興味を持ち
何百年も前にタイムスリップする感動を伝え続けて欲しい。

写真家 金井杜道さん

写真家 金井杜道さん

仏頭に捧げる
仏頭は明かりによってさらに凛とした表情を見せてくださる。視点を変えて行くと気品ある厳粛さのなかに優しい笑みが、慈しみが、心に寄り添ってくださるように感じます。
それは私の言葉ではとても尽せません。
視線を合わせた時に、仏のまなざしはなんと厳しく私を見ていることでしょう。
実際に見ることで初めて観えるものがあります。しかし、それは決してすべてではない。お会いする度に、思い及ばぬ力に畏れを覚えるものです。
陳列室に一歩入ると十二神将達がそれぞれに広がり凛々しく立ち、奥の中央に仏頭が御目をこちらに向けて居られる。此方が観ようとしなければ、見られていることさえも気付くことはできないことに、今更ながらあらためて気付いたものです。
むしろ表情の微妙な歪みは、それに縁って気付けよと助けてくださっているのでしょうか。

演出振付家・舞踊家 金森穣さん

演出振付家・舞踊家 金森穣さん

先日、東京藝術大学大学美術館の国宝 興福寺仏頭展に足を運んだ。

なんて素晴らしい事だろう。千数百年の時に思いを馳せる事。
なんて素晴らしい事だろう。古の職人の技を目の当たりに出来る事。
なんて素晴らしい事だろう。己が心に信心を見出す事。

なんて羨ましい事だろう。
身を呈して守るべき如来の慈悲深き視線を感じながら、千数百年戦い続ける事。
なんて羨ましい事だろう。
身を呈して磨き上げた技術を、次世代の職人に継承し得る事。
なんて羨ましい事だろう。
身を呈して見出された信心が、我々の心にも宿っていると信じる事。

なんと贅沢な事だろう。上野に行けばこの贅沢を味わえるという事。

タレント おぎやはぎ

ぶらぶら美術・博物館

小木『国宝だらけ!重要文化財もあるよ!それ以外もすごいんだから!』
矢作『十二神将の後ろ姿はなかなか見られないでしょう。板彫十二神将像との対比もおもしろいですよ~』


『ぶらぶら美術・博物館』
毎週金曜日 20時00分~20時54分 BS日テレにて放送中。
10月25日の放送は、国宝 興福寺仏頭展 & ミケランジェロ展
~上野で今、見たい!白鳳文化とルネサンスの至宝~

日本画家・インド美術史家 畠中光享さん

(左)護法論師/(右)世親菩薩

 興福寺仏頭展の開会式の仏法儀礼は凛として身が引き締まりました。一時間近くの儀礼は、内覧者の事よりも仏に対する供養でした。
 この展覧会の展示は見る人にも実に親切ですが、会場全体が仏への荘厳(しょうごん)だと感じ入りました。
 縁あって、再建される中金堂の法相柱に14人の法相の祖師像を描くことになりましたが、1000年残り、後の世になっても心に響く絵像でありたいと願っています。展覧会場の地階にはそのうち4名のインド人祖師の下絵が陳列されています。これまでの中国系の衣ではなく、元のインド人の姿で描こうと思っています。またそれぞれの人の象徴的な持物などを描きたいと考えています。

俳優・農業生産法人代表 菅原 文太さん

俳優・農業生産法人代表 菅原 文太さん

 上野界隈は、都内の何処よりも古い東京の面影を残しているエリアではないのか。ひたむきに西欧文化を取り入れようとした明治人の思いが、魂魄となって今も上野公園内に漂っている。東京芸大の旧字体の「藝」に宿る言霊も見過ごしにできない。東北新幹線ができる以前に上京し、上野駅に降り立った時から人生が始まった東北出身者には、上野は格別の感慨を呼び覚ます場所なのだ。
 その上野に久しぶりに出かけたのは、今評判の「興福寺仏頭展」の拝観が目的。国宝「板彫十二神将像」に圧倒され、しばし動くことができなかった。神将像群の気迫に満ちた表情と携える武器は、服わぬ民たちを制圧する戦いに明け暮れた古の国の姿を想像させる。美術館の暗がりに、人々の視線に耐えて微笑む仏頭のまなざしの先には、大震災と原発事故で苦しむ多くの人々が暮らしている。白鳳の千年の微笑みが東北にまで届くことを願いたい。

千葉大学グランドフェロー 丸山 純さん

国指定重要文化財・銅造薬師如来坐像

「えっ!白鳳の銅造仏頭お薬師さまが、千葉にも?」
私は建築の歴史と保存の仕事をしてきましたが、今年の興福寺北円堂、南円堂の同時公開の際に国宝館の銅造仏頭を拝観し、言葉では表せないほどに圧倒されました。
そして千葉にも白鳳の銅造仏頭のお薬師さまがおられることを知り、拝観の機会を得ました。成田市のとなり、栄町の龍角寺ご本尊の国指定重要文化財・銅造薬師如来坐像がそれです。
興福寺仏頭と同じく、もともと白鳳の銅造のお薬師さまで、やはり火事で頭部が焼け残りました。そして胴体部は江戸の元禄の頃に鋳造し直されました。
左頬の下部に小さな銅の塊があり、まるで灼熱の中で汗をかいたかのようです。興福寺仏頭と同じく耳の下部が失われています。
同じような境遇の白鳳の銅造仏頭お薬師さまどうしにとても不思議なご縁を感じます。  
現在、銅造薬師如来坐像は光背と台座を修理中で、本体は龍角寺の近くの県立房総のむら「風土記の丘資料館」に安置されています。
国宝興福寺仏頭展は、いま開催中です。ぜひ多くの方々に見ていただきたいと思います。そしていつか将来、白鳳の銅造仏頭お薬師さまどうしが対面できることを心から願っています。

「白鳳の貴公子」イメージキャラクター 大空 祐飛さん

「白鳳の貴公子」イメージキャラクター 大空 祐飛さん

展覧会に先立ち、奈良の興福寺を訪れて仏頭や十二神将を拝見していたのですが、今回美術館で再びお会いして鳥肌が立ちました。
仏頭と十二神将の配置、展示の仕方、ライティングのどれも本当に素敵で、600年ぶりの主従の再会がこんなにすばらしい空間で実現したことにとても感動しています。特に仏頭の存在感は圧倒的です。
会場では360度あらゆる角度から拝見できるので、じっと仏頭を見上げていると印象の違うさまざまな表情があることに驚きました。もしかすると、仏頭に向かい合う自分の気持ちによっても、表情が違って見えるのかもしれません。
今度はどんなお顔にお会いできるのか。また会場に足を運ぶのが楽しみです。

東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM名誉館長 辻 惟雄さん

東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM名誉館長 辻 惟雄さん

「白鳳仏」という言葉は今ではあまり使われていません。
 最近では「奈良時代前期」と言いますから、時代区分を表す言葉のようですが、もともとは歴史の学者ではなく美術史家が作った言葉です。
 どうして「白鳳」という言葉にしたのかというと、とても響きがいい。そのイメージは、「仏頭」の表情によく表れています。とにかく明るくて清々しい、一言で言えば「清々しさ」です。この清々しい表情は飛鳥仏にも天平仏にもないものです。
 前回の「阿修羅展」にはない「白鳳仏」の魅力を皆さんに伝え、「もうひとつの興福寺展」を存分に楽しむことができるでしょう。

イラストレーター 上大岡トメさん

イラストレーター 上大岡トメさん

仏頭のほほえみに早く会いたい。

タレント・モデル はなさん

タレント・モデル はなさん

 興福寺の国宝館、そして出張先の展覧会場のどこにいらっしゃっても、まるで磁石のように、吸い寄せられてしまう。仏頭は仏頭でも、この仏頭さまの存在は、偉大です。全てを見据えるその眼差しは、ゾクゾクするほど美しく、神秘的。ただ、こちらから目を合わせようとしても、なかなか合わせてくださらないし、話しかけても、口を閉ざしたまま、遥か遠い彼方を見つめていらっしゃるのです。
 そんな訳で、何度お会いしても、私と仏頭さまとの距離は一向に縮まらないのですが、もしかしたら、今回の仏頭展で何か進展があるしれない。あの切れ長の目が見つめる世界に、私も足を踏み入れることができるかもしれない。ほのかな期待を胸に抱きながら、私は何度も会場に足を運ぶことになるでしょう。
 仏頭さまとの再会、今から心待ちにしております。

イラストレーター 西Yuu.さん

江戸絵画コレクター エツコ&ジョー・プライス夫妻

江戸絵画コレクター エツコ&ジョー・プライス夫妻

日本の仏像の魅力は世界でも知られ高い評価を受けています。日本人は自国の文化にもっと自信を持ってください。私たちのコレクションは、東北の被災3県を巡回し、今は最後の福島に来ています。江戸時代の生命力溢れる絵画を鑑賞して皆さんが少しでも元気になってくれたらと願っています。長い歴史の中で伝えられてきた興福寺の仏様たちもきっと私たちを勇気付けてくださるでしょう。

奈良大学教授 上野誠さん

奈良大学教授 上野誠さん

人類の遺産ともいうべき崇高な仏教経典、そこには、人類の知恵が詰まっています。
しかし、それを理解するためには、一生勉強し続ける必要があると思います。
一方、仏像は、瞬時にしてその仏像の持っている気高さ、温かさによって、人の心を包み込みます。
私は、興福寺をはじめとする奈良の仏像彫刻を見る時、一瞬にして仏の教えのすべてを伝えようとする、その力に圧倒されます。
奈良の彫刻は、ミケランジェロに負けていない。ミケランジェロよりも心の深奥を表している。そんなことを思ったりします。
今回の展覧会が、そういう刹那の出逢いから、かけがえのない一生の財産となる出逢いになることを、あをによし奈良の空の下より祈念いたします。

仏女新聞 飯島可琳さん

仏女新聞 飯島可琳さん

私には仏頭が微笑んでいるように見えない。
国宝館に何度入っただろう。東金堂に何度参拝しただろう。何回も興福寺に行っているが、仏頭が微笑んでいると感じたことはない。微笑みに会うために私は仏頭展に行く。そのとき仏頭は微笑んでくれるだろうか。私はこの眼でそれを確かめたい。もし仏頭が微笑むのなら、それは十二神将に再会できたことを喜んでいるからに違いない。念のため仏頭が奈良に帰ってきたら本人に聞いてみよう。
「十二神将に再会できて嬉しかったですか?」
興福寺では様々な時代の仏像に会えるのが面白い。度々の火災で、仏像が作り直されることが多かったからだ。しかし、たくさんの仏像を、寄せ集めのように感じることはない。それは、復興しようと頑張ってきた人たちの優しい心が仏像をつないでいるからではないか。興福寺のどこにいても感じる優しさだ。
『仏女新聞』夏休み特集号に掲載した「厨子入り木造弥勒菩薩半跏像」も仏頭展に出張する。仏頭展でお気に入りが必ず見つかるはずだ。

深大寺(東京都調布市)住職 張堂完俊さん

深大寺(東京都調布市)住職 張堂完俊さん

興福寺仏頭展に当山奉安の白鳳釈迦如来倚像(いぞう)が特別に出展されることになりました。不思議な因縁を感じています。深大寺は天平期に開創の東都屈指の古刹であり、当初は法相宗でありました。白鳳仏はその時代の御本尊であったと伝えられています。過ぐる5年前に私は第88世として晋住(住職に就任)いたしましたが、白鳳仏が明治42年(1907年)大師堂から偶然発見されて100年目という節目の年でありました。仏頭と共にその数奇な運命を感じています。写真家土門拳の写真集「古寺巡礼」の表紙を飾った白鳳仏の微笑は、仏頭と実によく似ています。想像でありますが、もしこの仏頭の製作に携わった仏師らにより深大寺の釈迦如来も造られたのであれば、正に1300年振りの邂逅(かいこう)であり、有り難き白鳳浄土の出現であります。

映画監督 秋原北胤監督さん

映画監督 秋原北胤監督さん

私は奈良に何度行っているのだろう。その際に必ず興福寺さんにはお邪魔しています。
映画「聖家族~大和路」でロケをさせていただいて以来、何度もロケでもお邪魔をし、宝物展の際もこまめにお伺いしています。
このお寺の素晴らしいところは、なんといっても開かれていること。多くの仏像さんがこんなに近くでこんなに多くみられるのには、いつも感服させられます。
前回の阿修羅さんの全国行脚もすごかったですが、今回も仏頭さんが東京に出向かれるとは畏れ多く、本当にすみません、といった感じです。
東京でも、仏さんをじっくり見させていただきます。

作家・福聚寺住職 玄侑宗久さん

作家・福聚寺住職 玄侑宗久さん

興福寺さま再び
 いったい興福寺というお寺は、どれほど奥深いのだろう。阿修羅だけでなく、今度は仏頭さまの登場である。深いのも当然、このお寺は人間の心の深みをそのまま「法相宗」として伝えてきた。
 解離性同一性障害を扱った小説『阿修羅』を書いたご縁で多川貫首さまともご厚誼をいただいた。この貫首さまがまた深いのだ。問題小説に問題はないかと訊く私に、「同じ仏教者どうし、信じてますよ」とご海容くださった。またつい最近だが、お仲間を大勢引き連れて被災地をお訪ねくださり、わざわざ福島県の子どもたちへの大枚の支援金をご持参くださったのである。甚深微妙にして神足無比。ありがたいことである。あの貫首さまのこと、きっと阿修羅展以上に深く感動的な展示会をお考えくださったに違いない。

興福寺国宝館 館長  金子 啓明

興福寺国宝館 館長  金子 啓明

 興福寺には1300年をこえる長い歴史がありますが、しばしば火災などの被害を受けました。中でも一番ひどかったのは、治承4年(1180)におきた平重衡による焼き打ちで、主要伽藍の堂塔はひとつも残らず焼けてしまいました。
 その後に復興された東金堂の本尊となったのが、飛鳥の山田寺から移された白鳳の貴公子・仏頭です。仏頭は薬師如来ですので、十二神将が従います。東金堂の十二神将像は建永2年(1207)頃には作られていたと考えられますが、波夷羅や伐折羅大将像などは、怒りの極みともいうべき激しさを実にリアルにあらわしています。
 その怒りは仏法を破壊したり、軽んじたりする者に向けられますが、「無気力」、「あきらめ」、「無関心」にとらわれた現代の世相を一喝しているようにも見えます。その激しい怒りを現代人がどのように受けとめるのか。十二神将像から厳しく問われているような気がしてなりません。

東京藝術大学 学長 宮田 亮平

東京藝術大学 学長 宮田 亮平

仏頭のほほえみに早く会いたい。

興福寺 貫首 多川 俊映

興福寺 貫首 多川 俊映

 興福寺といえば、天平の名宝・阿修羅像ですが、この白鳳の仏頭は、それに勝るとも劣らぬ、実にすばらしい仏教の造形です。だから、この展覧会は、いわば「もう一つの興福寺展」――。日本仏教美術の宝庫といわれる興福寺の、もう一つの魅力的な仏教世界を深く味わっていただきたいものです。
 仏頭という名称は、十五世紀の落雷による火災で薬師仏の頭部だけが残ったので、そう呼ぶのですが、そのためでもあるのでしょう、眼がきわめて印象的です。遠くを見すえた視線――、それを私たちに強く印象づけるために、(落雷をこれ幸いに)自らその身体を溶かしてしまわれたんだ。と、思わずにはおれません。
 それというのも、私たちのものを見る眼・人を見る眼は視野狭窄、あまりにも近視眼的です。「いま」という瞬間の好都合・不都合だけで、人を見、ものを見ているだけじゃないですか。
 この白鳳仏の遠くに投げた視線に学ぶ、そんな展覧会であってほしいと希望しています。

  • 作家・翻訳家 松本侑子さん
  • 日本画家 奥村美佳さん
  • 作相田みつを美術館館長 相田一人さん
  • 作家・エッセイスト 青木奈緒さん
  • 画家 絹谷幸二さん
  • 評論家 山田五郎さん
  • 歌手 平山みきさん
  • 写真家 金井杜道さん
  • 演出振付家・舞踊家 金森穣さん
  • タレント おぎやはぎ
  • 日本画家・インド美術史家 畠中光享さん
  • 俳優・農業生産法人代表 菅原 文太さん
  • 千葉大学グランドフェロー 丸山 純さん
  • 「白鳳の貴公子」イメージキャラクター 大空 祐飛さん
  • 東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM名誉館長 辻 惟雄さん
  • イラストレーター 上大岡トメさん
  • タレント・モデル はなさん
  • イラストレーター 西Yuu.さん
  • 江戸絵画コレクター エツコ&ジョー・プライス夫妻
  • 奈良大学教授 上野誠さん
  • 仏女新聞 飯島可琳さん
  • 深大寺(東京都調布市)住職 張堂完俊さん
  • 映画監督 秋原北胤さん
  • 作家・福聚寺住職 玄侑宗久さん
  • 興福寺国宝館 館長  金子 啓明
  • 東京藝術大学 学長 宮田 亮平
  • 興福寺 貫首  多川 俊映
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